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税理士の清水裕雅です。
いつもお読み頂きありがとうございます。
倫理法人会で度々登場する
滝口長太郎さんの打つ手は無限。
寺石ゆかさんのメルマガから。
自分への備忘録も兼ねて、紹介します。
■「打つ手は無限」
すばらしい名画よりも、
とてもすてきな宝石よりも、
もっともっと大切なものを私は持っている。
どんな時でも、どんな苦しい場合でも、
愚痴を言わない。
参ったと泣き言を言わない。
何か方法はないだろうか、
何か方法はあるはずだ、
周囲を見回してみよう。
いろんな角度から眺めてみよう。
人の知恵も借りてみよう。
必ず何とかなるものである。
何故なら打つ手は常に無限であるからだ。
〜滝口長太郎
おまけ
滝口氏は大正8年、千葉県船橋市の生まれである。
父は海草採りの漁師で、近所では「仏の初つぁん」と言われ、貧乏を苦にせず、いつもニコニコしていた。
また、母は気性の強い、しかし働き者だった。
その両親が、実は血のつながりのない養父母だったことを知ったのが、16歳の時だった。
生母は、船橋の近辺に育った人で、東京の商家に女中奉公をしていた時に滝口氏を身ごもったという。
そのような過去を引きずっていた滝口氏をの人生を180度変えたものの一つに、「経営者ゼミナール」があった。
経営者が身につけるべき倫理経営を講義と体験学習で学ぶ。
それは「恩の遡源(おんのそげん)」という体験学習での出来事だった。
昭和54年1月富士高原研修所で富士研セミナーがあった。
この研修は夕飯が終わった後、電気一つない庭園で、日本の霊峰「富士山」の黒いシルエットを拝み見ながら溶岩交じりの荒土の上に素足で静坐をして、いろいろな恩に感謝する瞑想の場である。
静寂を破る講師の凛とした声が響き渡った。
『今私達が味わっているこの苦痛は、私を生んでくれた母の出産時の苦痛に比べるなら、千分の一、いや万分の一にも及ぶものではない。
その母の腕(かいな)に抱かれて乳を飲み、子守唄を耳に眠り、おしめを換えて貰い言葉を覚え、やがて歩けるようになった。
そのことも忘れ、まるでおのれ一人で勝手に大きくなったと錯覚し、親に反抗し、親を困らせ、親を悲しませ、どれだけ親を泣かせてきた事か・・・。
そんな親不孝者に一体何がまともに出来るというのか、今ここにこうして私達は息をしている、生きている、命がある、生かされている。その命の基をたどってゆけば我が両親に至り着く。
この尊い命を父と母からいただいたお蔭で、現在の自分がここに存在する。そのことに思いが至れば、『ありがたい』と心からの感謝を親に捧げると共に、親を尊敬し大切にするのは親が偉いからではない、強いからではない、世の中にたった一人しかいない私の親であり、わが命の元であり、むしろ私自身の命、そのものである親だからである。
そうした意味で本当に父を敬し、母を愛する純情な子でなければ、本当の事業経営などできるものではない。
いや親を大切にしないものは、世の常のことだって満足に何ひとつ出来るものではない・・・・。』
滝口氏にとって、その年になるまで聞いたことのない真言だった。
貧乏のドン底にあえぎ、世間並みのこともしてくれなかった親を不甲斐なく思ってきた滝口氏だったが、いつしか懐かしい養父母の横顔が、遠い記憶の彼方から蘇ってきた。
他人の赤子を引き取り育ててくれた養父母がいたからこそ、現在の自分がある。そこに思い至った時、涙が止めどなく流れ落ち、ついには号泣を禁じえなかった。
闇夜に輝く満天の星。あの星空の下のどこかで、生母も、わが父母も、自分のことをジッと見守ってくれているのかもしれない。チカチカと煌めく星が、こんなにも暖かく美しく感じられるとは…。
このセミナーでの学びが氏の原体験となったのである。
〜『打つ手は無限だ!長太郎さんの世界』(千葉県倫理法人会発行)